漫画におけるCCライセンスの活用 –『聖☆おにいさん』編集者田渕浩司さんインタヴュー

2013年4月、中村光『聖☆おにいさん』にCCライセンスが採用された。その担当編集者である田渕浩司氏に今回の経緯をうかがった。

――『聖☆おにいさん』のアニメ映画公開にあたって、第1話「ブッダの休日」4ページ分が、クリエイティブ・コモンズ(CC)ライセンスのもと無料公開されました。今回、どういう経緯でCCを採用されたのか、まずはそのあたりからお聞かせいただけますか。

田渕浩司(以下、T) まずは中村(光)さんの担当編集である私からご本人にご提案し、ご快諾いただいたので実現に至ったんですが、そもそものきっかけは映画の話題作りでした。

『聖☆おにいさん』は弊社の中でも近年の大ヒット作ですが、そうは言っても、知らない人は知らないというのが現実です。ひと昔前は、漫画の大ヒット作といえば誰もが知っているもので、共通言語でありえたんですが、最近では『聖☆おにいさん』クラスのヒット作でも、誰もが読んでいるわけではないんですね。でも、逆に言えば、名前は聞いたことあるけど読んだことはないという人たちがたくさんいる、つまり、まだまだ売る余地があるということでもある。

例えば、アニメが始まってから『進撃の巨人』のコミックスの売り上げが伸びているのを見たときに、そのことを実感したわけです。映画がある程度ヒットする作品というのは、経験則からいえば、まだまだ売れる。それは『聖☆おにいさん』にも言えるだろう、と。その仕掛けとして、『聖☆おにいさん』は、たまたま1話が4ページで配布しやすいということもあって、フリーで公開すればいいのではと考えました。

CCを選んだのは、コンテンツの価値を総体として高めるというCCの理念が、こちらが目指すものとぴったりだと思ったからです。1話分がフリーになれば、読んだことのない新しい読者に届く。コンテンツの価値が高まることで、著作権者も何か新たなものを享受できるだろうと。それから、『聖☆おにいさん』って口コミで広まる作品なので、相性がいいだろうという狙いもありました。『聖☆おにいさん』って元ネタを知っているとより楽しめるので「あなたもこの面白さががわかるでしょ」と友達に薦めることで、共感できる仲間ということを再確認するようなツールところがあるんですね。

――カッコいいレコードを紹介するみたいなことですね。

T それに近いですね。一種のブランディングのようなもので、作品が送り手、受け手の間の価値を高める媒介者になってくれるところがある。具体的には、今回のCC採用で、ブログをやっている人たちがフリーで貼ってくれることを期待できるわけですが、ちょうど1話分で4ページですから、ワンスクロールでスマホなどでも読めてしまう長さなわけです。そうすると、紹介していただける方の、ある種価値も上げることができるだろうと考えました。

フリーにするやり方も数あるなかでCCを選んだのは、以前『モーニング』でも描いていただいていた今日マチ子さんが、『みかこさん』というご自分の作品をウェブで公開する時に使われていたからというのもありました。

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――次に、CCライセンスを採用して良かった点、反響などがあれば教えていただけますか。

T 顕著だったのが、Facebookページでの反応でした。漫画家さん本人のFacebookファンページは、総じてそれなりにアクティブなんですが、編集部や作品名が管理者名のものは、どうもイマイチなんですね。そんな中で、作品名でファンページをもつ『聖☆おにいさん』はわりと相性がよく、しかもCC採用のニュースはかなりシェアされて、万単位のリーチがありました。

私が見たところ、SNSを活発にやっている人の中では、TwitterよりFacebookユーザーのほうがCC採用のニュースへのリアクションは良かったと思います。

――TwitterよりFacebookでシェアされたというのは興味深いですね。では逆に、CCライセンスの採用において、ハードルになった部分はありましたか。例えば社内で何か議論になったりということも予想されますが。

T そうですね。社内的には色々と筋は通すんですけれども、CCについて詳しく知っている人はほとんどいないので、逆にプロモーションに使うのであれば、いいんじゃない? という前向きな反応でした。

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――今回はCCライセンスの中でも「表示−改変禁止」というライセンスを採用していただいたんですけれども、それを選ばれた理由を教えていただけますか。例えば、「非営利」という要件を付け足してさらに厳しくすることも可能だったと思うんですけれども、わざわざ「商用はOKです」と記載していらっしゃって、そのあたりはどのように判断されたんでしょうか。

T いちばんの目的はできるだけ多くの人に読んでいただくことだったので、「商用不可」にしてしまうと、例えばアフィリエイトを得ているブロガーさんに貼っていただけなくなってしまうだろうということで、「非営利」は選びませんでした。どこかの地方紙が掲載してくれてもいいし、現実にあるかどうかは別にして、他の漫画誌が載せてくれてもいいな、むしろ歓迎したいと思っていましたね。

――「改変禁止」のライセンスは、一応用意はされているんですけど、実際に選ばれる方はそれほど多くないんですね。例えば漫画であれば、佐藤秀峰さんの『ブラックジャックによろしく』のように、素材をフリーにして改変可能にすることで、ユーザーに原作のリミックス感を楽しんでもらう、という考えもあったと思うんですが、改変禁止にされたのは、やはり海外で翻訳されてしまうことを懸念されてのことだったんでしょうか。

T これは解釈の問題なんですけれど、イエスとブッダ(仏陀)は一応実在した人物で、元のキャラクターがあるわけですね。『聖☆おにいさん』の台詞を変えてしまうと、作品内のイエスとブッダが消えて、実在したイエスとブッダ(仏陀)になってしまうというジレンマがあるんですね。『聖☆おにいさん』の作品の本質は、キャラ設定にこそあるので、その部分を変えてしまったら、作品の本質が変わってしまう。『聖☆おにいさん』のブッダとイエスにこんなことを言わせてみようではなく、本来のイエスとブッダ(仏陀)にこんなこと言わせると面白い、となってしまう。もちろん、ブラックな改変をされてしまうのではないかという不安もありました。

――なるほど、改変をOKにしてしまうと、まさに作品の本質を骨抜きにしてしまうおそれがあるという判断があったんですね。今回、順序を変えたり、途中のページを抜き出したりするのをやめてください、という注記があったと思うのですが、それはどういう理由からでしょうか。

T そのまま読んでいただきたいという気持ちに尽きるんですが、ただ、ライセンスでそれを縛ることはできないだろうと思っていたので、あくまでお願いくらいのものですね。

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――今回採用してみて、もう少しこうであれば使いやすいのに、といったご要望などがあればお聞かせください。

T 我々が「この作品をCCライセンスで公開しました」と言う時に、逆にそこから、「CCになっていないものは勝手に素材として使ってはいけないんだ」ということを、広く知ってほしいという希望があります。フリーで許可もないのに使用された場合、取り締まるというような窮屈なことはしたくないんですけど、かといって公式に認めるわけにはいかない。

――最後の質問になりますが、今回はCCをマンガや本といった出版がおかれている現状に鑑みて、トライアルでお試しいただいた実験的な試みだったと思うんですけど、今後マンガの表現やマンガビジネスの未来に対して、CCライセンスや著作権がどのようになっていくのが理想だと思われるか、お聞かせいただけますか。

T すごく難しい問題ですが、マンガを構成する要素の中で、キャラクターというものに関しては、CCは拡がっていく足がかりになるのかなと思います。くまモンにしても初音ミクにしてもキャラクターはすごくシェアされて、広がりますよね。ただ、ストーリーに関しては、リミックスなどがなかなか難しいなと思うんですね。もしかしたら何か実験的なものを好む方には、ある程度目立つための手段としてCCもありえるかもしれない。でも、まだその先は見えない感じがします。

ちなみに、『クトゥルフ神話』(ラヴクラフトによる架空の神話体系)のように世界観を共有する、というようなことはできるのかもしれませんね。例えば今アニメをやっている『這いよれ!ニャル子さん』なんかもそうです。ラヴクラフトの遺族の方がどんどん原作を改変してください、というようなことを言っているのかどうかはわからないですが、ひとつの物語なり世界観を引き継いで、たくさんの作家が違う物語に改変していく、あるいは複数の人がひとつの物語を作る、というようなところに未来の可能性はあるかもしれないと思います。

――キャラクターだけでなく、ストーリーのリミックスやシェアの広がりに可能性があると。今日は想像以上にいい話が聞けて嬉しかったです。ありがとうございました。

取材:コモンスフィア水野、鳥嶋

※本記事中の画像のライセンスは以下のとおりです。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
聖☆おにいさん 第1話「ブッダの休日」 by 中村光 is licensed under a Creative Commons 表示 – 改変禁止 2.1 日本 License.

なお、ご利用に際しては、以下の点にご注意をお願いいたします。

  • CCライセンスは『聖☆おにいさん』第1話4ページ分にのみ適用されており、それ以外の『聖☆おにいさん』はじめ中村光さんの著作物に関してはその限りではありません。
  • 『聖☆おにいさん』は第1話P1~P4をまとめて扱い、個別のページを抜き出したり順序を変更しての使用はできません。