楽器におけるオープンなコミュニティ形成の試み — コルグ株式会社 坂巻匡彦氏、高橋達也氏インタビュー (前編)

2013年10月、株式会社コルグの「monotron」プロジェクト、「アナログ・シンセ・シリーズ:スキマティック・アーカイヴ」プロジェクトが、グッドデザイン賞を受賞した。受賞にあたって高く評価された「オープンなコミュニティ形成」はどのように行われたのか?

同社の企画担当の坂巻匡彦氏、回路設計を行った開発担当の高橋達也氏に、企画・開発の経緯や裏側をうかがった。

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写真左が坂巻氏、右が高橋氏

 

――まず「monotron」プロジェクト、「アナログ・シンセ・シリーズ:スキマティック・アーカイヴ」プロジェクトのグッドデザイン賞受賞おめでとうございます。そもそも、今回アナログ・シンセサイザーの回路図を公開することにしたのは、どういう理由だったのでしょうか?

 

坂巻匡彦(以下S ありがとうございます。回路図を公開するという前に、実はこの「monotron」の基板に、回路のヒントを入れたのが始まりですね。開発中のあるときに突然高橋くんが基板の後ろに、ここにつないでやれば、フィルターを付けられるとか、ここをいじるとカットオフだとかいう、文字を入れてみたい、と言ってきたんですよ。回路を追うアドバイスにもなるので、普通は教えちゃまずいものです。でも、文字を入れることでなにか面白いことが起こるかもしれないと思って、社内で正式に企画することにしました(笑)

 

――高橋さんはなぜ基板にヒントを入れようと思ったのですか?

 

高橋達也(以下T) 実際には、自分のライブで使いたかったからなんですけど(笑)(注:高橋さんは、自作電子楽器で演奏する「車輪」というユニットをやっているミュージシャンでもある)

でも、「monotron」は、製品としては、すごくポテンシャルを秘めているものなんです。繋げばこんな事も出来る、外部にコントローラーがあればこんな事も出来る。製品のポテンシャルを小さな基板、小さな楽器だけにまとめちゃうのはもったいないな、という思いがありました。それでその広がりのきっかけとして基板にヒントがあったら便利だな、って思ったんです。

 

S それで販売してみたら、製品を買った人が中を開けて、基板にヒントが書いてあることが話題になりました。

2010年のMAKE Tokyo Meeting 05注1に「monotron」のブースを出したら、改造版を出してる人がいて、それをweb注2に載せてみたんですよね。そうしたら、ユーザーから「回路図も公開してほしい」って言われた。中を開けて回路を追うのがめんどくさいから、っていう理由でしょうけど(笑)。

(注1:MAKE Tokyo MeetingはDIY、電子工作のMakerの発表、交流の場として毎年開かれている大規模なイベント。2012年からはMaker Faire Tokyoと名前を変え、2013年は11月の3日、4日に日本科学未来館、タイム24ビルの二会場で開催予定。)

(注2:「monotron」の改造版を画像付きで紹介する「We love monotron!!」のページ。URLはhttp://www.korg.co.jp/Product/Dance/monotron/welove/)

 

T MAKE Tokyo Meetingで見た改造品はすごく出来が良かったんですが、アナログ・シンセにかなり詳しい、プロみたいな人が作っていた、という感じでした。でも、そうじゃない人でもいじれる様になったらいいとも思いました。やっぱりヒントだけだと素人がイジるのは難しかったんですよね。

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――「monotron」ははじめ、「アナログ・シンセの再発明」をしよう、という事で作り始められたと伺いました。その「再発明」という試みの中に、初めからユーザーが改造できるようなものを作ろうという意図はあったのでしょうか。

 

S 僕は以前から「アナログ・シンセサイザーを復活させたい」と思いがありました。デジタル・シンセの方が音のバリエーションがいろいろあって、曲を作るための便利な道具としては器用でいいんだけど、そういうのは今はパソコンで十分できるようになりましたよね。だから、シンセはもっと別の方を目指したほうがいいんじゃないかと思って。そこで、僕はシンセに楽器らしさを取り戻したい、って思ったんですね。

当初考えていた楽器らしさ、っていうのは「音の存在感」という意味のものでした。例えば、ギターはアンプとかにつないで「ジャーン」ってやるだけで存在感があったり、ピアノとかも音に存在感がある。アナログ・シンセだとデジタル・シンセにはないそういう存在感が出ると思ったんですよ。例えばmoogとかだとなんかもう目の前が切り裂かれるような音がするんですよね。これはデジタル・シンセにはない、音の存在感という話です。

でも、アナログ・シンセはすごく高くて10万20万かかるから、一般の人には手が出しにくい。それを買いやすくして、「アナログ・シンセっていいものなんだな」っていうのを皆に経験してほしいと思って、めちゃくちゃ安いアナログ・シンセを作ろうと思ったんです。

それで当時入社2年目の高橋君に、喫煙所でね、つまみが四つで、大きさこれ位で、電池駆動で、っていうオーダーをしたら、すぐに試作品を作ってくれたんです。それが「monotron」の始まりです。

 

――なるほど。そしてポテンシャルを秘めた楽器が出来たわけですね。

 

S そうですね。ただ、音はいいんですけどシンセとしてシンプルすぎる、複雑さがたりないな、と思っていました。そこは高橋君も作っていてそう思ったんじゃないかな。

製品としても「monotron」があった上で、改造したりとか、自作のシステムを組み込みたいと思った時に、それを行いやすいようにするにはどうするか、と考える上で、自然と基板にヒントを書くっていうアイデアに結びついたのかな、って思っています。

 

――回路図を公開すると他の企業が同様の商品を作ることが可能になると思うんですが、そのあたりはどう考えられていますか?

 

S もちろん、そういうリスクはあると思っています。しかし、今回公開している回路図はわりとシンプルなものですし、また、仮に第三者が生産しても全然勝てると思ってます(笑)。

やっぱりこの製品は、コルグという会社が50年前からアナログで電子機器を作ってきた、っていう歴史を利用して作っている商品なんですよね。例えば、35年前に作ったMS-20っていうアナログ・シンセの中でも名機と呼ばれているものがあるんですが、そのフィルターが「monotron」の中には入ってる。それはコルグのものなんですね。

そういう僕らのバックグラウンドがあって、ストーリーがある上でやっているので、他社がやってもそういうストーリーは売れないですね。だから、他社に真似されるという点については実は全く心配してなかったです。

 

――おそらく電子楽器を自作する人からすると「monotron」のようなシンセを自由に改造することを可能にする回路図公開は相当嬉しいことだと思います。しかし、現在ではあまりこういった企業による回路図公開は行われていないですが、その理由は何だと考えられますか?

 

T それは企業に回路図を公開する文化がないから、というのがおそらく一番大きいと思います。もちろん、弊社でも回路図を公開できないものがたくさんあります。

回路図を公開することによって、ブランドイメージやフィードバックが得られるメリットはありますね。この商品に関しては、ユーザーが自由に改造できるという意味で「楽器っぽくなる」というメリットが生まれることもあります。ユーザーによって改造・カスタマイズされて初めて楽器として完成するというか。いろんな方向のメリットを考えて、これは企業としてやりたいこととユーザーのニーズというか、ユーザーが楽しんでもらう方向性にばっちりハマるじゃん、となったんですが、普通の企業ならこういう考え方はあまりしないのかもしれませんね。

 

――回路図を公開することによる、コルグという会社に対するメリットみたいなものは、数字で見えたりしますか?あるいは感覚的なもの、ということでしょうか?

 

S 僕らは、企画や開発を担当しているので、お客様が楽しんでもらえるか、おもしろいか、しか考えてないので、あんまり数字のことは考えないですね(笑)。

回路図公開は、MAKE のmakey awerdにノミネートされたり、グッドデザイン賞とかでブランドイメージがあがる、というのは実際にあります。コルグは面白いことやってるな、ユーザーの楽しさを第一に考えている企業だっていう認知が広がっていることを感じます。

そうするといろんなユーザーやお客さんと知り合いになれたり、フィードバックを受けたりして、こちらも勉強になりますね。そういうのが好きな人が勝手に集まって、コミュニティが勝手に出来てくるというのがあります。

ユーザーが作った「monotron」の改造品にインスパイアされて、ぼくらも実際に新しい製品を作りました(「monotron DUO」と「monotron DELAY」を出す)。

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――この2つのアナログ・シンセに関しては、フィードバックをうけてからコルグの「公式改造版」のようなイメージで出したということですか?

 

S そうです。話し合ってる時も、どこどこの人の改造はこれがあるからやらなくていい、とか。やはり、本家としてユーザーに負けるわけにはいかないじゃないですか(笑)。でも、本当にものすごい改造をしてらっしゃるユーザーの方がいらっしゃって、いつも驚かされます。

 

――回路図の公開に際して、社内での許可はすんなり下りたのでしょうか?

 

T そうですね。コルグは国外にも支社があるんですが、アメリカの支社に免責事項などの条件をしっかり書くことを求められたぐらいでした。でもアメリカでも回路図を公開すること自体はそんなに抵抗はなくて、日本とは法的な関係も違うからどうやって公開するか、例えば免責事項をどうするか、という点について少し詳し目に打ち合わせをしたくらいですね。

 

――回路図を公開することに抵抗がなかったのはなぜだと思われますか?

 

S さきほどお話したとおり、会社のカルチャーもあると思います。風通しもいいし、足の引っ張りあいもない。それから、会社の規模もあります。コルグは300人位の小さい会社で、明日社長に会いたいと思ったら都合が合えば会えますし、部長でも席に居れば今すぐにでも会えます(笑)。所帯の大きな会社だったら結構手間がかかるところを、僕らだったら部長のところに持っていって、ほんと立ち話位の感じで出来るので、動きやすいというのはありますね。

 

――オープンにした方が盛り上がる、というのは、作っている最中には思っていましたか?

 

S なんとなく頭の隅にあったぐらいですね。ちょうど時期的にオープンソース・ハードウェアみたいなのが話題になり始めてきた時期でもあったし、友人にもそういうのが好きなやつがいて、いろいろ見聞きしていたので。

 

――こういう新しいプロジェクトを進めようとする場合、社内で先行事例を求められたりすると思うんですが、そういうことはありませんでしたか?

 

T 全然なかったですね。

 

S 全然なかった(笑)。でも以前やった「we love monotron」が結構ユーザーからよい反響がもらえたのは、社内的にも印象に残っていたというのはあると思います。あれは営業とかからも面白いと言われてたので。

 

――なるほど、そういう社内的な事例の蓄積が要因にあったということですね。

 

――アメリカでは、例えば自作のエフェクターの回路図を掲示板(BBS)で公開して共有するような活動が盛んだと聞きます。日本においてそうした活動を促進するのにも、「monotron」の回路図公開は一役買うと思いますが、そのあたりはどうお考えですか?

 

S 回路図を掲示板などで公開する文化は、日本ではアメリカみたいに発展していないですね。日本だと個人でマニアックに解析し、ブログなどで紹介している人はいますが、あまり広がって行かない。

 

T みんなでコミュニティ全体を盛り上げるというよりは、コミュニティがあっても、その中のすごい人が少し前に出る、っていう感じになりますね。

 

――コルグとして、今後、ネット上でのユーザーのコミュニティを積極的に支援するプラットフォームを用意したりという事は考えられますか?

 

S 個人的には、あんまりそういうの好きじゃないんですよね(笑)。勝手にやってほしい、っていうのがあって。僕の好みの問題ですが。やる人は勝手に広まって行くし、コミュニティも出来て行くし、そういうの個人的にやってもいいんですけど、会社でって言う感じではやりたくないんですよね。そういうところも日本人的なのかもしれないですが(笑)。

でも、今後そういう展開もあるかもしれません(笑)。

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――実際に改造する人は勝手に改造していたわけだし、ユーザーが自然に回路図を利用してくれることに任せる、ということですね。

 

――つぎに、法的なテクニカルな話についてうかがっていきます。今回のプロジェクトでは、回路図のダウンロードに独自の使用条件を定めています。こちらの使用条件はどのように作成していったのでしょうか?

 

S さきほどお話したアメリカの支社が(回路図を)公開するんだったらちゃんとやれよ、っていう感じで話が進みました。PDFだから複製も容易なので、回路図だけが独り歩きして意味がないですし。

 

T 日本ではこう書くけど、どう?とアメリカの支社に聞いてみる感じでしたね。知財部、法務部それからクレーム対応をする営業も議論に加わって、メール上で話を進めていく形でした。一番権利関係がシビアなアメリカ主導で、っていう感じでしたね。

 

S ダウンロードする人に登録してもらうレジスター式にしたほうがいいんじゃないかっていう、話もあって。

 

T でも広がりという点を考えると、それはないほうがいいんじゃないかな、っていう話になりました。

 

――コンテンツと異なり、ハードウェアにはプロダクトになった後の製造物責任という重い責任があり、これがオープンにする方向性と矛盾する部分がどうしても出てきてしまい、ハードルになることもあると思います。この部分のバランスについて、コルグさん、または今回のプロジェクトの開発担当者として考えるところがあれば、教えてください。

 

S もちろんハードを販売する企業として色々考えなければいけないバランスがあるんですが、個人的には、お客様、ユーザーが気分を害さないかどうかが重要だと思っています。改造するとなると楽しい部分と嫌な思いをする部分があると思うんですけど、お客様の方が自己責任でもっと面白いものを作るために改造するというのだったら、お互い、ある程度合意できるラインはあるのかな、と思っていますね。

個人的には、今回のプロジェクトは、そのラインをどの程度まで掘り下げられるのか、ユーザーのみなさんの反応を見て計りたいということもありました。やはり実際に公開してみないことには、ユーザーがどのような反応をするか、どこまでをOKと考えてくれるかはわからないですよね。

 

――使用条件を拝見すると、「回路図を公開して自作を促している」にもかかわらず、「製品の改造は推奨していない」となっていたり、「保証の対象外」に触れていたりと、製造物責任などのハードウェア特有の悩みが透けて見えます。おそらくご苦労があったと思うのですが、このあたりで工夫した点、苦労した点などをお聞かせください。

 

S 苦労と言っても、とくにトラブルになったわけないです。でもやはり改造するなら「自己責任でお願いします」みたいなところはある、ということですかね。

コルグの場合、製造物責任で気にするのは他への機器への影響です。例えば、すごく高い音をデジタルでフルスイングでばんっと出したりすると、スピーカーが壊れちゃったりすることがあるんですよね。

また、「改造講座をやってくださいよ」みたいなことをユーザーさんに言っていただくこともあります。絶対に面白くなるじゃないですか(笑)。

でもそれをやると「コルグは完全に改造を推奨してるな」ってなってしまう。その時の保証をどうするのか、って言うのがありますね。

僕らも企業として楽器というハードウェアを安全にユーザーさんに楽しんでもらう責任があります。一時の楽しみを優先して改造を推奨してしまうことで、せっかくこれまで築いてきたコルグに対するユーザーの信頼やユーザーとの関係性を壊してしまうのではないか、回路図を公開するくらいがバランスとして丁度いいのではないか、みたいなことを常々考えていることです。

 

――今のmakersブームで個人がいろいろとモノづくりをする際に、大量生産品と同じように製造物責任がかかってくるべきなのか、と言うところは難しい話ですね。

 

→後編へ続く

 

 

後編では、10月7日にコルグでの取り扱い開始が発表された電子工作ガジェット「littleBits」について、その経緯や背景などの裏側についても伺っていく。

 

取材:コモンスフィア水野祐、中尾悠里

写真:コモンスフィア酒井麻千子